ジェイミー・グッド氏の日本ワイン探究の日々
ワインジャーナリストのジェイミー・グッド氏が来日され、長野県のワイン産地を訪問された様子がご自身のブログに掲載されていました。彼の著書『I taste red』の邦訳『ワインの味の科学』に翻訳協力したこともあって、同氏が日本のワインにどんな感想を抱かれるのかたいへん興味が湧き、ブログを訳してみました。
ジェイミー・グッド氏の原著"I Taste Red"はこちらです。
『ワインの味の科学』はこちらです:
ワインの味の科学 |雑誌・書籍|X-Knowledge(エクスナレッジ)
以下はブログの訳文========================
日本のワイン探訪記録――なぜ注目に値するのか
日本に来ている。この旅の目的は、日本を代表する三大ワイン産地のひとつ、長野県を訪れることだ。ここで日本のワイン造りの歴史について少し紹介しておこう。日本でワイン造りが始まったのは約140年前、1868年に起こった明治維新によって生まれた新政府の戦略がその背景にある。新たな産業の振興を目指していた当時の政府は、ワインをそのターゲットに据えた。すべては1874年、山梨県で始まった。以来こんにちに至るまで、山梨はこの地でつくられる甲州ワインとともに、日本のワイン産地としては世界的に最も知られている。しかし日本には、さらに大きな可能性を秘めた二つの産地が勢いを増している。それが長野県と北海道だ。
ここ日本ではかなり新しい産業の部類に入るワイン造りだが、近年、大々的な変革が起こっている。従来の輸入ブドウ果汁ではなく、この国の大地で生まれ育ったブドウからワインを造ろうという動きが盛んになってきたのだ。日本のワイナリーは長年にわたって海外産のブドウに頼ってワインを造ってきた。現在でさえ日本で生まれたブドウから造られた純日本産ワインと呼べるのは全体の20パーセントに過ぎない。
2000年ごろから急増してきたワイナリーの数とともに、ごまかしのない真正のワイン造りへの関心もますます高まってきた。新たに百を超えるワイナリーが生まれ、なかでも長野県と北海道の増加数は目覚ましい。こうした生産者の大半は小規模ワイナリーだ。日本ワインを造る醸造所のなかで最大規模を誇るのは北海道ワインで、年間260万本を生産しているが、これは例外的な規模だ。なにしろたいていのものごとが緻密なスケールで行われる国である。
キャプション:日本ではまだこのような垣根栽培が一般的だ。
当初、新設されたワイナリーの大半は、シャルドネとメルローに着目していた。ワイン用ブドウとして最もよく使われる二大品種である。しかしこの状況は変わりつつあり、自分たちの暮らす風土にいちばん適した品種を探し求めている。フランスのジュラ地方原産のトルーソー品種に取り組んでいる生産者もいるという。自然派ワインへの関心も高いが、これについては意見が分かれるところである。
キャプション:甲州種
頭の痛い問題もある。ブドウの苗木の品質と可用性もそうした問題の一端だ。ブドウを供給してくれる苗木の種苗業者は20軒ほどあるが、彼らはブドウ苗木の専門家ではなく、他の苗木も扱っている。クローンを販売する種苗業者が1軒だけあるものの、病原菌を予防するしくみがまだ充分に整っていない。
純日本産ワインの生産高
年間2千200万本
山梨県:700万本(33%)
長野県:490万本(22%)
北海道:330万本(15%)
山形県:160万本(7%)
岩手県:80万本(4%)
新潟県:60万本(3%)
2016年現在、山梨県には82軒のワイナリーがあり、長野県に36、北海道に34、山形県には13、岩手県と新潟県にそれぞれ10軒とつづく。全部で280のワイナリーが存在し、この数字は増加の一途をたどっている。長野県にはアルプスワイン、林農園(五一ワイン)、そして井筒ワイナリーという3つの大手ワイナリーがあるが、それ以外は小規模ワインだ。
目下、日本で使われているブドウ品種はかなり限られている。主要な白ワイン用ブドウというと、シャルドネ、ピノ・グリ、ソービニヨン・ブラン、そしてケルナーが挙げられる。いっぽう赤ワイン用ブドウは、メルロー、カベルネ・ソービニヨン、カベルネ・フラン、そしてピノ・ノワールといったところ。こうしたワイン用ブドウのほかに、ハイブリッド種や生食用ブドウもよく使われるようになってきた。病害に比較的強いという長所があるためだ。
キャプション:雨を防ぐためシートをかぶせたマスカット・ベーリーA
なかでも最も有名な白ワイン用品種は、ピンク色の果皮をもち、粒の大きな甲州種だ。これはハイブリッド種だが、山梨の栽培家たちはワイン用品種と呼ばれるほうを好むようだ。正確には中国南部原産の野生種、Vitis davidi(トゲブドウ)由来のDNAが4分の1含まれている。いっぽう赤ワイン用品種としてよく使われるハイブリッド種は、マスカット・ベーリーAと呼ばれる品種で、やはり粒が大きい。適切に育てれば、ひじょうにすばらしいワインを生み出してくれる。
さらには、キャンベル・アーリー、ナイアガラ、デラウェアなどの生食用ブドウもある。
ブドウ醸造に使われる主要品種一覧
甲州:16.1%
マスカット・ベーリーA:14.2%
ナイアガラ
コンコード
メルロー:6.2% *増加中
シャルドネ:6.2% *増加中
ブドウ産地の気候はかなり異なっているが、いずれの産地にも共通する難題はブドウの生育期にきまって雨が降ることだ。緯度差も大きく、フランスの国土の緯度差がわずか6度であるのにたいして、日本では最北の北海道と南端の沖縄では23度も異なる。標高差もかなりあり、標高26メートルのブドウ畑があるかと思えば1000メートルに達する畑もある。
このような困難な条件下で造られる日本ワインにわざわざ目を向ける必要があるのだろうか。産業としての規模は小さく、その大半はとうてい海外に輸出されそうにはない。しかも、すでに世界には充分に多種多様なワインがあふれているというのに。
わたし自身は日本ワインにおおいに着目している。というのもこの国のワインシーンに強く興味をかきたてられているからだ。日本のワイン造りはまだ初期の段階にあり、それゆえに勢いがあり、成長著しい。しかもワインを深く愛し、なにか面白味のあることをやってくれそうな人々が携わっているのだ。ジャーナリストとして放っておく手はないではないか。日本ワインはまだあまり開拓されておらず、多くの発見を秘めている。いまのところ品質にはややむらがあるが、どんどん向上しているし、何よりもわくわくするような発見が待っているのだ。優れた造り手たちにふさわしい注目が世界中から寄せられるよう、微力ながらわたしも手を貸したいと願っている。
今日はこの地に来て2日めだ。いったいどんな発見が待っているのか、とても楽しみだ。
原文のブログはこちらです:
Japan: an overview of Japanese wine, and why we should be interested — Jamie Goode's wine blog